9月になりました。

2018年09月01日

夜明け前です。

 

 

空がグレー一色。
雨が落ちてきました。
雷の音が響いています。

 

瞬く間に、大粒の雨。

 

 

台風の影響が心配です。

 

奈良(北部ですが)は、災害が少ないところで、、、
申し訳ないほどに、大きな被害もなく暮らせています。

 

近年、豪雨が増えているように感じます。
こんなときは、自然の保水力のほうは、どうなっているのだろうと思うのです。
 
よく聞くのは
「日本の川は急峻で、振った雨は数日のうちに川下へ流れてしまう」
という話。
 
そういう風土の中で、日本人は工夫を凝らして暮らしてきたのだと思います。
わたしがいつも手もとに置いている子ども向けの本の中にあること。
 

もしも日本の山々が、コンクリートであったなら、ふった雨は一日で、海へすてられていまうでしょう。
そして、晴れた日には一てきも、水は流れないはずですね。
雨を大地にいけとめてくれるのは森林です。
森林のふかふかした土なのです。

 

大地はつねにうごいています。とりわけ、日本は火山国です。地震国です。そして山は急斜面です。
そのうえ、雨は、つゆと秋の台風の時期に、まとまってふります。
こまったことが、四つもかさなりあっています。
今も集中豪雨のたびに、山くずれが起こっていますね。
もしも山々に気がなかったら、土ははがれ、山はくずれ、日本列島は石だらけになっていたことでしょう。
雨のたび、土砂と洪水が下流をおそい、人々は平野にすむことができなかったことでしょう。
山くすれや水害から、平野をまもってくれているのも、森林だったのです。

 

せっかくつくった作物が、水につかるということは、お百姓さんにとって、たいへんつらいことでした。
けれども長い目で見れば、土のためにはありがたいことでした。
お百姓さんたちは、「川が山の土を客土してくれた」と、洪水に感謝さえしたのです。

 

自然と戦いながらも、自然のありがたみも受け取る、
そういう暮らし方をしてきたはずでした。

 

最近、奈良県内のある村に住む人から聞いた話。
その方は村外の出身で、地元の人から昔話として聞いた話だそうですが
山が崩れたことで平地ができ、そこに人が住めるようになったという場所があるそうです。
山崩れは命に関わる災害。災害に苦しめられつつも、
それを活用した例が、ここにもあったのだなあと思いました。

 

いつしか、自然と共存するよりも、自然を支配する考え方のほうが
主流になっていきました。
そして今再び、自然に寄り添う考え方が見直されていると思います。

 

災害は、恐ろしくて、悲しいことも起こります。。。
それをできるだけ、人災化しないために
戦って押さえつけるだけでない
自然の摂理に即した里づくり都市づくりが
行われて欲しい、、、と、一人で願ってしまいます。

 

引用「森は生きている」富山和子著

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