奈良のローカル&スモールなマガジン「さとびごころ」を編集発行するマイクロ編集工房です。

2020年08月19日

奈良でローカルマガジンを発行している小さな編集工房の代表が
あまり仕事とは関係ない話ばかり、日々のことを綴っています。

 

地球環境の危機、有害な化学物質の問題、放射能、地方の疲弊や縮小、高齢化、、、。
いつの時代にもその時代ならではの課題がありますが
もしも食べるものと住むところがあれば、そして人が争わずにつながっていければ
きっとなんとかなるのではないかと思うのです。

 

ここは日本。世界にまれにみる森の国。水の国。豊かな土壌の国です。
水と緑と土があれば、生きられる。
食べるものも、素材も、自然さえあれば産みだせるからです。
あとは、それを安全に保持していけるか。そして、どれだけ心豊かに暮らしていけるか。

 

縄文時代から考えると、そもそもわたしたちは、いつも自然と調和して生きてきました。
その調和がくずれはじめたのは、長く見てもここ100年くらい
はっきりと見え始めたのはここ50年くらいの間のことです。
自然は厳しい面もあります。それに対処するのも人間にとっては死活問題でした。
科学技術の発達によって、自然の厳しさ、不便さを克服し
あたかも自然をコントロールできるかのように
人々は思うようになっていきました。自然にかなうわけがないのですが。

 

自然から離れ、便利に進化した場所は都会です。
かつては、都会だけが素晴らしい場所だと思われてきました。
たしかに都会には、都会らしい先進的な文化や大きな市場がありますが、
その反面、孤立や格差が広がり、何事もお金と引き換えで、
それを失えばたちまち幸せが遠のくような不安も感じます。
地方は、都会のようになろうとするのではなく
すでにある素晴らしさを大事にすることで、都会の人を癒すことさえ
できるかもしれません。
これからは、失いかけた素晴らしいものの良さをもう一度みつめ、
時代に合わせて社会に調和させていくことが
幸せな暮らしづくりのコツではないかと考えています。

 

何を手放し、何を求め、何をつくりだし、何を残していきましょうか。
思いは態度や行動につながっていき、やがて地域をつくります。
自然がいつまでも生き生きと美しくありますように。
人々が思いやりをもって共存していけますように。
そんな思いを、日々の暮らしの中に、小さくとも反映していけたら。

人生にはいつか終わりがあることを意識する年代になり、
ひとつひとつがかけがえなく感じられる中で
ささやかな毎日を身の丈いっぱいに楽しみたい。

そう思いながら綴ります。
友達からの便り、、、くらいのつもりで
おつき合いいただけましたら幸いです。

あなんセイコ

 

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1999 オフィスエルインクとして活動準備開始
2006  オフィスエルインクとして活動開始(ローカルな企画編集・DTP・取材執筆)
2010  さとびごころ創刊に参与(編集委員・編集レイアウト エルインクとしても並行して活動)
2015  さとびごころ編集担当(カラー化・ロゴリニューアル・全ページに関わる)
2018  さとびごころ編集発行移管(全企画編集デザイン運営発行)
2021  さとびごころHPリニューアル予定

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12月になりました。更新できなくなってきた(汗)。

2021年12月01日

ある時期から、毎月1日は更新しようと決めて。
ずれることもあったけれど、自分の中では定着してきた感じがする。
11月はまったく放置していたけれど、そのまま放置でなくこうして12月1日に更新してるじゃないか、えらいぞ。

今日もひとりごとをつぶやきます。

神社参拝するひとは、「お一日参り」をされる。
わたしのふるさとではあまり聞いたことがなかった(神棚は大切にされており、家族は毎日手を合わせていた)ため、
奈良に来てから知ったのだが、いいことだと思う。

 

月に一度(あるいは15日も)、人智を超えたものに対して祈る。
自分を振り返り、感謝し、これからへの力をいただく。

毎月1日に投稿しようと思ったのは、自分バージョンのお一日参りのつもり。
ここに書かないことも含めて、振り返りと感謝とこれからのことを思う時間をとるのだ。

 
 

この一年は、同調圧力ということを考えさせられた。
周りの人と自分の考えが違うとき。周りに合わせないとぎくしゃくしてしまう。
だけど、自分の考えを捨てたり変えたりしなくていい。
そう思った。

 

一例をいうなら、マスク。
マスクをしてください。消毒してください。離れてください。喋らないでください。
いろんなところで強いられた。
強いてくる人は、どこか生き生きしているように見えた。

 

あっさり従う。

 

マスクに意味があるのか、わたしはテレビの専門家さんがおっしゃるようには考えていない。
ワクチンを打っていても、いなくても、ノーマスクが通じる人たちとの間では、楽だ。
ノーマスクを人に求めるつもりもない。

 

そのかわり、食べもの、手洗い(消毒ではなくて)、休息、体を動かすこと、精神的健康などは
今まで以上に考えるようになったし、これは副産物となった。
畑活は、2年前、コロナ禍の影響で時間がたっぷりできたことから実行に移す機会を得た。これも副産物だ。
気まぐれではなかった証に、今年も毎日のように通い、感じるところ、得るところが多い。

 

もともと、「自然に近づく」ということに関心がある。
ということは、この文明が自然から離れているという自覚があるということでもある。
雑誌づくりの根底にもそれがあった。
最初はまず知ることから始まったが、知ったことは実行してみたくなる。
「知っただけ」で、知ったようなつもりになることが嫌だ。
だからといって、なんでもかんでも実行できるわけではなく、体と時間の許す中で選ばなくてはならない。
畑は、ベストな選択だった。

 

マンション暮らしをしながらも、毎日畑に行く。
そこは庭ではなく、食料を栽培するところ。自分の命の一部を作るところ。
自然が自分の命の一部をつくってくれる、そのしくみ理解するところ。
案外、森づくりする人が言う原則と重なることが多かった。

 
 

高齢者の仲間入りをする時が近づいている。
どんなふうに年をとり、どんなふうに死んでいくのか。
畑をしていると、「これだけは最後まで現役でやり続けたい」と思えてくる。
それを基軸に、これからの夢や方向性が開いていくような気がしている。
2020年のことを、のちに転機と呼ぶことになるのかもしれない。

 

そしてもうひとつ。近頃更新がにぶくなったこのサイトであれ、オフラインのファイルであれ、なんであれ、きっと毎日、どこかで書いているんだろうな。

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