逃げてきた人々。

2015年11月12日

昔、「バベットの晩餐会」という映画のことを友人に奨められて以来、
結局一度も見ていないのに、いつまでも忘れることができません。

時代は19世紀、デンマークの田舎にある家に、
バベットという一人の女性がフランスから家も家族も失って亡命してきます。
その家で家政婦として働くことになりました。
あるとき、その家で晩餐会が開かれることになり
「その料理を作らせてください」と志願したバベット。
集まった人たちは、そのあまりの美味しさに
いがみあった人たちさえ打ち解けていきました。

めっちゃざっくり言うと、こんな感じで・・・。
詳しくはWikiさんに聞いてください。

おいしい料理というものの力って、すごい・・・その時はそう思いました。

今、わたしは、フランスからの亡命という背景に注目しています。
バベットが亡命せざるをえなかったパリ・コミューンとは?

1871年3月18日から5月28日までの72日間、普仏戦争敗北後のパリで、労働者階級を主とする民衆によって樹立された世界最初の社会主義政権。パリ各区から選出された代議員によってコミューン(自治政府)を組織したが、プロイセン軍の支援を受けた政府軍と「血の一週間」といわれる大激戦ののち崩壊。

労働者階級が国防軍と激戦したのですね。。。。
乱暴な言い方ですが、時代が大きく変わるとき、一般の人たちにしわ寄せがくる、
ということだと思います。そのとき、「逃げる」という方法があるのです。

逃げた人たちが、逃げた先で
新しい文化を作っていくという流れがあるように思えます。

そういえば、フランス革命のとき・・・お城で宮廷料理を作っていた人たちが
街に流出して、フランスのレストランができたとか・・・。

それで、やっと今日の話題に繋がるのですが
今東京などの大都市で、働き方や暮らし方に疑問を感じた人が
地方に移ってあたらしい文化を作っておられないでしょうか。

「腐る経済」のタルマーリさんとか・・。
奈良でいうと、東吉野村の「OFFICE CAMP」の周辺の人たちとか・・。
ある意味、都会から逃げだしてきた人たち。

逃げると目指すは表裏一体ですね。
希望の持てる方向へ、あり方が変化していくんですよね。

今どんづまりな状況にあって、どうしようもないなら
逃げた先で面白いことができるかもしれません。