野菜の味気なさと美味しさを、気のせいじゃないと思うこの頃。

2020年08月02日

自然にやさしく、、、などと言うテーマで活動していても、
日々の買い物はスーパーで、時間に追われればコンビ二弁当のお世話になることもしばしばだった。
ついこの前までは。

ところが外食が減り、自宅で家庭料理を作る(作ってもらう)ことが増え、
奈良の南部に出かけたときは、直売所で野菜を買うことが以前よりも増え、
それと前後して、野菜をいただくことが増えた。

いただく野菜は、いつも無農薬。

「美味しいねえ!」と感謝して食べるが、その美味しさはきっと感謝という精神的な作用による
ところが大きいのではとも、思ってきた。
自分がそれほど、味覚に敏感だとも思えず(凡人なので)ジャッジする資格は持ち合わせていない。
しかし、あきらかに美味しくて、不思議でならなかった。

いただく野菜だけで晩御飯が成立してしまうことも増えてくると、
たまにスーパーで買った野菜を食べたときに、こんどは、あきらかに味気なく感じるようになった。

これはやっぱり気のせいじゃない。

スーパーの野菜を責めるつもりはない。ありがたい。いつでも安定して買えるのだから。
しかし、形は立派だけれど、その野菜らしい味がほとんどしない。無機物を食べているかのよう。
調味料で味付けを工夫して食べているのが実態だ。
かすかに、その野菜らしさを味わうだけで。

スーパーによっても、違う。比較的おいしいスーパーは、少し高い。
奈良では「まほろばキッチン」があるが、こちらはかなり美味しい。

そういうことが、なんだか、わかるようになってしまった。

ひと畝畑の師匠は、いつも「採っていいよ」とおっしゃってくださる。
(お礼に、草刈りでもなんでも頑張るのだが、てんで話にならないレベルらしい。
わたちたちは、朝のひととき、できる範囲でと決めているのだが、それも話にならないらしい)
無農薬野菜を食べる頻度がアップした。
だから、ある程度断続的に食べてみないと、実感としての違いはわかりにくいのだと思う。

さらに、気づいたこと。

「とれたてのほうが、断然美味い」

これは、食レポの番組の台本にあるフレーズなのだと思ってきた。
しかし。
きっと、いただいた野菜があまりにも美味しいのは、
その日のうちに料理して食べるから、というのもあると思う!!!
遠くから運ばれたものよりも、できるだけ、流通経路の短いほうがいいのだ。
地産地消は、ここでも重要な意味がある。
グリーコストも抑えられるし、地域経済活性にも良い。
身土不二にも良い。そして美味しい。

やはり、、、やはり、、、野菜(の全部でなくてもかまわない)を自給したくなってくる。
友人たちは、みんな、それを知っているのだ。

街中で「便利」に依存してきたぶんだけ、遅れているが
わたしたちは、わたしたちのペースで、毎日気づきながら、暮らす。

8月1日の豆。本場が増えてきた。ビールのつまみになる日はくるか???